◆宮崎駿監督のアニメ映画『もののけ姫』、宮崎駿の作品と思想

◆◇◆宮崎駿監督のアニメ映画『もののけ姫』、宮崎駿の作品と思想

テレビで宮崎駿監督のアニメ映画が放映されると、高視聴率を取るそうです。宮崎駿監督のアニメ映画には私たちを惹きつける何かがありそうです。『もののけ姫』という作品に流れる宮崎駿の思想とは・・・。  この『もののけ姫』は、『千と千尋の神隠し』やその他の作品に比べて、特に宮崎駿監督の思想性が前面に出た作品です。宮崎駿監督は、この作品に自 分の思い(思想)をストレートに盛り込んでいるようにも思えます。気負い過ぎて(いろいろと盛り込みすぎて)、見る側からすると多少窮屈な印象を受けなく もありません。どちらかというと、他の作品に比べて遊びが少なく、正面から「自然と人間」という大きなテーマを押してこられるような圧迫感さえ感じます。 今までの宮崎アニメには、どこかで必ずホッと息を抜けるような場面があったものですが、この作品は見終わるまで気が抜けないものでした。

しかし『もののけ姫』のテーマ「ともに生きろ」(人間は自然と戦いながら生きるしかないのか。自然と人間との共存の道はあるのか)は、『風の谷のナウシ カ』の人間による「自然破壊と環境汚染」とその後の「腐海と王蟲の人間への逆襲」として語られ、その意味では宮崎駿監督の思想が一貫して流れているテーマ です。この『もののけ姫』に込められた宮崎駿監督の思想を、さまざまな角度から多面的に考察した叶精二氏の論考がWEB上にありますので、そのHP(http://ghibli-fc.net/rabo/monoke_yo/yomitoku.html)を紹介します。きっと『もののけ姫』が10倍楽しめるかも知れません。

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◆2012年 古事記編纂1300年記念

「なにごとの おわしますかは 知らねども かたじけなさに なみだこぼるる」

この言葉は、仏僧であった西行法師が伊勢神宮を参拝した際に詠んだとされる歌である。
自然崇拝を起源とする日本の神々は、目には見えない。

しかし八百万の神々は、神話の時代から今日に至るまで、時代とともに変化しながらも、さまざまな思想や宗教と宗教などと習合しながら、常に日本人の心に生き続けてきた。

2012 年、現存する中では最古の歴史書「古事記(こじき・ふることぶみ)」が1300年を迎える。この「古事記」という書物には「国土の誕生につ いて」「日本の神々について」「日本の歴史について」、「日本」と「日本人」のこの国のすべてのことが古代の人々の感性で語られている。

また、日本全国の神社で祀られてる「アマテラス」「スサノヲ」「オオクヌシ」などの神々の物語である「天の岩屋戸開き」「八岐大蛇退治」「稲葉の素兎」などがいきいきと描かれているのだ。

古代の人々が心に描いた世界観である「八百万の神々が今も生きる日の本の国の神々のものがたり」を知ることで、今一度「日本」と「日本人」のことを真剣に考えてみよう。いや、エンターテイメントとしても大変に面白い物語だ。この記念すべき年を機会に、ぜひ読んでみよう。

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◆宮崎駿の『千と千尋の神隠し』と神道的世界

◆宮崎駿の『千と千尋の神隠し』と神道的世界

アカデミー賞を受賞したアニメーション映画『千と千尋の神隠し』(将来への夢やたくま しさを失った現代っ子が、 次々と降りかかる困難を克服しながら、 次第に自分の中にある”生きる力”を呼び覚ましていく様子を力強く描く冒険ファンタジーは、国内では興行成績を次々と塗り替える大ヒットを記録したばかり か、 第五十二回(二〇〇一年)ベルリン国際映画祭ではアニメ作品として初めてグランプリにあたる金熊賞を受賞するなど、宮崎アニメ(「風の谷のナウシカ」「と なりのトトロ」「もののけ姫」など)の中でも特に高い評価を受けた傑作です。

この映画や『となりのトトロ』、前作の『もののけ姫』で も、宮崎監督は精霊や八百万の神々世界を描いています。『となりのトトロ』の「トトロ」は鎮守の社の精霊で、『もののけ姫』の「たたり神」「シシガミ」は 森の精霊を、『千と千尋の神隠し』の湯屋には「八百万の神々」が集います。そんな日本の神様を、宮崎駿が『となりのトトロ』『もののけ姫』『千と千尋の神 隠し』で現代に蘇らせているのです。欧米の人々には、こうした日本的神々と神道的世界(神道は、一神的要素も多神的・汎神的要素も含まれる世界です)が理 解できるのでしょうか? 少し心配でした。

しかし、2001年暮れに、宮崎駿氏の『千と千尋の神隠し』がベルリン映画祭で最高賞にあた る「金熊賞」を受賞。同じ年暮れに、映画製作者や批評家らが選ぶ米ナショナル・ボード・オブ・レビュー(全米映画批評会)賞のアニメーション部門賞を獲 得。そして、2002年3月に発表されるアカデミー賞のアニメーション部門で住受賞しました。このことは、欧米の人々もこうした世界が理解できる事を示す 実に好い出来事・事例だったと思います。あのアニメ(『千と千尋の神隠し』)の中に描かれているのは、まさしく日本の神々の世界であり、神道的な世界)の 現れなのです。

◆◇◆西洋社会の精神基盤と東洋社会の精神基盤、西洋的一神教と東洋的多神教

西洋社会の精神基盤である 西洋的一神教は、一つの神、一つの宗教、一つの価値観しか認めないような要素をもつ文化社会(モノカルチャー的文化が多種多様な文化を席捲)を作り出しま す(太古のヨーロッパは多神教的風土でしたが)。そうした西洋的一神教の文化は、他の神や宗教や価値観を否定することにつながり、対立を生じさせ、かえっ て闘争と混乱を招くことになっています。国際紛争や環境問題の大きな原因の生み出しているのです。対立とか闘争は実は多種多元な価値観から起こるのではな く、価値観の寡占化、単一化から起こると考えられています。それとは反対に、山川草木すべてに自律的な神を見る日本人の自然観(宗教観)は、西洋的一神教 による自然観(宗教観)とは大きく異なるものです。

自然は人間の支配のもとに征服・管理する対象(つまり人間と自然を対立するものとし て捉える考え)とした西洋的一神教の価値観(アメリカに象徴されるようなキリスト教的文明観、後に近代科学へ)に限界が見えてきています。こうした考え は、人間の傲慢さを助長し、歪んだ人間至上主義に陥らせ、修復不可能と思われるほど深刻な環境破壊をもたらしています。二十一世紀、国際社会や地球環境が 危機的状況にある世界にとって、このような自然のすべてに神を認め(山川草木すべてに自律的な神を見るような自然に対する繊細な感性、自然も生命もすべて 循環し共生的に存在するというエコロジカルな考え方)、八百万の神を崇め調和していく(八百万の多様なものを包含しうる寛容な精神性)ような日本の伝統的 精神文化(神道的精神、日本人のアイデンティティ)が、世界が諸問題を解決し対立から融合の時代に進む上で、大変重要な意味を持つことになるのです。つま り、民族・文化・宗教などの対立する人々の仲立ちをする役割を果たし得る可能性を持ちます(お互いがお互いを認め合い、一つの文化として尊重し合うような 「共存」の意識・思想として)。

日本仏教ではこれを、「山川草木国土悉皆成仏」(大乗起信論の本覚思想)とか「一切衆生悉有仏性」(涅 槃経)といった言葉で表します。自然界のすべてのものには仏性(神性、霊性)が宿り仏になるという意味です。これはアニミズムというより、ドイツの文豪・ ゲーテや、オランダのユダヤ系哲学者・スピノザや、古代インド宗教哲学書「ウパニシャッド」に見られるような汎神論に近いのかも知れません(ゲーテは思想 家でもあり、スピノザは純粋に哲学であり、ウパニシャッドも宗教というより哲学の部類に属すると考えられ、仏教もまた宗教というより哲学・思想として捉え る向きもあります)。また、明治時代に日本に来て、西洋人として初めて出雲大社を昇殿参拝したラフカディオ・ハーン(小泉八雲)は、いろいろな事象の中に 神を見出す神道の神感覚を次のように表現しています。「この大気そのものの中に何かが在る・・・うっすらと霞む山並みや怪しく青い湖面に降りそそぐ明るく 澄んだ光の中に、何か神々しいもの感じられる・・・これが神道の感覚というものだろうか」と。ハーンは、空気の中にも、太陽の光の中にも、水や海や山や森 や風の中にも「神々しい何か」の存在を感じとるのが「神道の感覚」というのです。この神道の感覚は、「豊葦原の瑞穂 (水穂)の国」(豊かな葦の生い茂る水と稲穂に恵まれた国)という風土の中で時間をかけて育まれたものなのです。

いま国際紛争や環境問 題を解決するためには、新たな人間と人間、自然と人間、宇宙と人間との関係を再構築しなければならないのかもしれません。そのとき、根底(根本・源泉)に なるもの(精神原理)は、かつて日本人が保持していた自然に対する謙虚さです(日本人が内在的に備えていた感性・神道的精神とは、多種多様な価値を認める ところにあります。自然は多種多様な生命が存在するから美しく豊かなのです)。日本人の自然観(宗教観)は、大きなサジェスチョンや示唆を与えてくれるか もしれません。

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「なにごとの おわしますかは 知らねども かたじけなさに なみだこぼるる」

この言葉は、仏僧であった西行法師が伊勢神宮を参拝した際に詠んだとされる歌である。
自然崇拝を起源とする日本の神々は、目には見えない。

しかし八百万の神々は、神話の時代から今日に至るまで、時代とともに変化しながらも、さまざまな思想や宗教と宗教などと習合しながら、常に日本人の心に生き続けてきた。

2012 年、現存する中では最古の歴史書「古事記(こじき・ふることぶみ)」が1300年を迎える。この「古事記」という書物には「国土の誕生につ いて」「日本の神々について」「日本の歴史について」、「日本」と「日本人」のこの国のすべてのことが古代の人々の感性で語られている。

また、日本全国の神社で祀られてる「アマテラス」「スサノヲ」「オオクヌシ」などの神々の物語である「天の岩屋戸開き」「八岐大蛇退治」「稲葉の素兎」などがいきいきと描かれているのだ。

古代の人々が心に描いた世界観である「八百万の神々が今も生きる日の本の国の神々のものがたり」を知ることで、今一度「日本」と「日本人」のことを真剣に考えてみよう。いや、エンターテイメントとしても大変に面白い物語だ。この記念すべき年を機会に、ぜひ読んでみよう。

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◆日本と日本人の神観念、自然と共に生きる

太古より、日本は四季に恵まれた風土であった。そこに住む我々の祖先の日本人は、自然の恩恵をいただき、自然の恵みに感謝をして生きてきた。

恩恵をもたらしてくれる自然に、祖先の日本人は、大きな力の働きを感じ取っていた。自然界の森羅万象に大きな力の働きが存在し、我々に恵みを与えてくれると・・、しかしときには、災いを与えると・・・。

こうした日本人の自然観が即ち、素朴な日本人の神観念を生み出していくのである。

特に水への信仰は、生きていくには無くてはならないもの、生きとし生きるものを育むものとの観念があった。そして、その水を育むのは、降った雨を大地に蓄える森林の役割であることを、太古より人々は知っていた。

京都の貴船(きぶね)の地名の起りは、水源の神の鎮まるところ、そこは樹の生い茂った山、「樹生嶺(きふね)」だというわけである。

だから我々の祖先は、感謝こそしても、決して樹木を粗末には扱わなかった。自然がもたらす恵みに感謝しつつ、自然と共に生きて来たのである。

 
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この言葉は、仏僧であった西行法師が伊勢神宮を参拝した際に詠んだとされる歌である。
自然崇拝を起源とする日本の神々は、目には見えない。

しかし八百万の神々は、神話の時代から今日に至るまで、時代とともに変化しながらも、さまざまな思想や宗教と宗教などと習合しながら、常に日本人の心に生き続けてきた。

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また、日本全国の神社で祀られてる「アマテラス」「スサノヲ」「オオクヌシ」などの神々の物語である「天の岩屋戸開き」「八岐大蛇退治」「稲葉の素兎」などがいきいきと描かれているのだ。

古代の人々が心に描いた世界観である「八百万の神々が今も生きる日の本の国の神々のものがたり」を知ることで、今一度「日本」と「日本人」のことを真剣に考えてみよう。いや、エンターテイメントとしても大変に面白い物語だ。この記念すべき年を機会に、ぜひ読んでみよう。

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◆日本の神々の世界(八百万の神々)と神祭り、太古の息吹・「カミ」と感応し、忘我の境地へ

太古より日本人は、豊作を祝い大漁を寿ぎ「カミ」に感謝し、またその次の年もよき年であるよう祈願する「神祭り」を行ってきました。

「神 祭り」は、時には熱 狂的な非日常的空間を出現させます。聖なる山奥の神社の漆黒の闇、何処からこんなに集まったのか境内は氏子で埋め尽くされます。松明の火が燈され、炎はメ ラメラと上空へ舞いあがり、暗闇の天空を真っ赤に染めます。炎は人を陶然とさせ、次第に氏子たちの顔は紅潮、心臓の鼓動が高鳴ります。

すると、祭りの興奮は最高潮に高まり、氏子たちの体から湧き出た凄まじいエネルギーは、太古の息吹・「カミ」と感応し、忘我の境地へと導きます。

そ こには個人という意識は希薄で、すべては一つであり、こうした体験を共有することにより、人々は「カミ」と共にいることと氏子としての絆を再認識します。 祭りとは太古より、「カミ」を通じて人間を癒し、共同体を維持させてきた、壮大で強力な舞台装置であったのです。

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自然崇拝を起源とする日本の神々は、目には見えない。

しかし八百万の神々は、神話の時代から今日に至るまで、時代とともに変化しながらも、さまざまな思想や宗教と宗教などと習合しながら、常に日本人の心に生き続けてきた。

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また、日本全国の神社で祀られてる「アマテラス」「スサノヲ」「オオクヌシ」などの神々の物語である「天の岩屋戸開き」「八岐大蛇退治」「稲葉の素兎」などがいきいきと描かれているのだ。

古代の人々が心に描いた世界観である「八百万の神々が今も生きる日の本の国の神々のものがたり」を知ることで、今一度「日本」と「日本人」のことを真剣に考えてみよう。いや、エンターテイメントとしても大変に面白い物語だ。この記念すべき年を機会に、ぜひ読んでみよう。

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◆神話の世界観、本能的に世界の本質を感じ取る

◆神話の世界観、本能的に世界の本質を感じ取る

神話とは何か。この問いに対して多くの学者がさまざまに定義を試みてきた。

それらの学説は多岐にわたるが、例えばルーマニア生まれの宗教学・宗教史学者ミルチャ・エリアーデは「神話と現実」の中で次のように論ずる。

「神話は神聖な歴史を物語る、それは原初の時、『始め』の神話的時に起こった出来事を物語るものである。いいかえれば、神話は超自然者の行為を通じて、宇宙という全実在であれ、一つの島、植物、特定な人間行動、制度のような部分的実在であれ、その実在がいかにもたらされたかを語る。そこで、神話は、常に『創造』の説明であって、あるものがいかに作られたか、存在し始めたかを語る。」

今と違って、古代の人たちは素朴だが、純粋に、本能的に世界の本質を感じ取っていた。それを、物語として未来に伝えているのかもしれない。

もしかして、現在の緊張した国際社会、複雑な人間関係の中で生きる現代人にとって、神話が与えてくれる新しい視点は、新たな問題解決のヒントを与えてくれるかもしれない。

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◆神話の死生観、死を発見し理解し概念として他者と共有した

◆神話の死生観、死を発見し理解し概念として他者と共有した

死の概念は、人類の進化とともに現れてきた。

ネアンデルタール人は、死を理解し、死者に花を供えたという。日本でも、縄文時代草創期に長野県野尻湖の遺跡で、死者に花が供えられていたことが花粉分析によって確認されている。

人類以外の動物は死んだ仲間に花などを手向けない。人類が花を手向けたり、墓を作るのは、死を発見し、理解し、概念として他者と共有したからである。

死の発見は同時に、生の発見でもあったのではないだろうか。生の発見は、生命や霊魂についての観念、死後の世界や他界についての観念の生成を意味する。

つまり、宗教の誕生である。

人類の進化の歴史の上で、死の発見ほど偉大な発見はなかったと言っていい。それは精神世界のビックバンをもたらしたに違いない。

世界各地に伝わる死の神話や叙事詩は、人類の祖先による死の発見と他界観念の生成をめぐる物語である。

シュメールの女神イシュタルなどの神話は、日本神話のイザナミの国生みと黄泉の国神話と共通する部分がある。

日本の神話の中に、死生観を見てみますと、
1、イザナギ・イザナミ神話
2、アマテラス・スサノオ神話
3、スサノオ・オオクニヌシ神話

の中に見られるが、その中でも、1のイザナギ・イザナミの黄泉の国の神話に、生と死を分かつ物語が集約されている。

物語は、高天の原から天下り、二神の結婚により大八島および神々が生まれる。イザナミは、火の神カグ土に焼かれ黄泉の国へいく。

イザナギは悲しみ黄泉の国へ探しに行くが「見るな」の禁忌を破りイザナギの姿を見てしまう。イザナギは逃げて、黄泉比良坂で事戸渡しする。この後、イザナギは、死穢の禊祓により三貴神の誕生となる物語である。

黄泉比良坂では、神々を生み出したイザナミが、死後一転して一日に千人ずつ人間をくびり殺す恐怖の死の神、黄泉津大神となり、イザナギは、されば一日に千五百人の人間を生もうと宣言する。

このようにイザナミは、生と死の両界の創造者であり、死には、生者を死へと引きずり込もうとする力が内在すると考えられていたのだ。

その死の力の影響を払拭する方法が、「『吾はいなしこめしこめき穢き国に到りてありけり。故、御身の禊ぎせむ』とのりたまひて筑紫の日向の小門の阿波岐原に到り坐して禊祓ひたまいき」と記されているように、死の力を祓い清める行為である。

禊ぎ祓われたわけであるが、そこに三貴神(アマテラス・ツクヨミ・スサノヲ)の誕生となるのである。ここに生と死のダイナミックな循環のメカニズムを持つ死生観が見えてくる。

神話とは、神と人と世界の始原を説く物語である。ここから学び取る事は、多々ありそうだ。

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自然崇拝を起源とする日本の神々は、目には見えない。

しかし八百万の神々は、神話の時代から今日に至るまで、時代とともに変化しながらも、さまざまな思想や宗教と宗教などと習合しながら、常に日本人の心に生き続けてきた。

2012年、現存する中では最古の歴史書「古事記(こじき・ふることぶみ)」が1300年を迎える。この「古事記」という書物には「国土の誕生について」「日本の神々について」「日本の歴史について」、「日本」と「日本人」のこの国のすべてのことが古代の人々の感性で語られている。

また、日本全国の神社で祀られてる「アマテラス」「スサノヲ」「オオクヌシ」などの神々の物語である「天の岩屋戸開き」「八岐大蛇退治」「稲葉の素兎」などがいきいきと描かれているのだ。

古代の人々が心に描いた世界観である「八百万の神々が今も生きる日の本の国の神々のものがたり」を知ることで、今一度「日本」と「日本人」のことを真剣に考えてみよう。いや、エンターテイメントとしても大変に面白い物語だ。この記念すべき年を機会に、ぜひ読んでみよう。

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◆正月祭りのフォークロア、日本の基層(七)

 

◆正月祭りのフォークロア、日本の基層(七)

「お節(おせち)」とは節日に用いられる料理のことで、「御節供(おせっく)」の略のことである。季節の節目に神に供えるものということで「節供」ともいう(今は節句と書くことが多いようだが、本来は節供です)が、 節日のうち特に正月の食事のことを指す。

歳神(年神、五穀を司り家と家族に福運をもたらす神)を迎える正月は家族が一同に会し、供物の一部を分かち食する「直会」を行い新年を祝った。また、お節料理は三が日あるいは松の内までに大切な人を招いてもてなす料理でもあり、この饗応自体を「お節」あるいは、「お節振舞」といったそうだ。

本来の意味からすると雑煮や屠蘇もお節料理の一種とも考えられる。現在、一般的にお節料理と言えば重箱に盛られた重詰めの料理のことをいいますが、 お節料理は、それぞれに目出度い謂われがあり、目出度い材料を用いた「ハレ(晴れ)の料理」であり、地域によっても様々である。

さらに、火を使わないで食べることの出来る料理でもあり、年中忙しい竈の神様と女性を休めるための料理ともいわれている。また、一月七日の朝には七草粥の風習がある。(※注1・2・3・4)

※参考Hints&Notes(注釈)☆彡:*::*~☆~*:.,。・°・:*:★,。・°☆・。・゜★・。・。☆.・:*:★,。・°☆

(※注1) 昔は正月だけでなく、五節旬(一月七日・人日、三月三日・上巳、五月五日・端午、七月七日・七夕、九月九日・重陽)などの節旬の日に神様へお供えし、神事のあとの酒宴で一緒に食べたすべてのごちそうをお節(おせち)といっていた。

正月にお節料理を食べるのは、神に供えたごちそうをみんなでいただくという意味と、神様を迎える正月に台所仕事をしてさわがしくしないという意味と、日ごろ忙しい主婦を三が日間休ませるための保存食であるといわれている。

(※注2) お節料理の一般的な重詰めは、*一の重(口取り)きんとん、かまぼこ、伊達巻き *二の重(焼き物)小鯛の塩焼き、ぶりの照焼き、鶏肉の松風焼 *三の重(煮物類)八つ頭、牛蒡、人参などの煮染め、昆布巻 *与(四)の重(酢の物)紅白なます、菊花かぶ *祝い肴(三つ肴・・・一の重に詰めるか、別の器に盛る)数の子、田作り、黒豆 ※祝い肴は明治初期まで「喰積」と呼ばれていた。

当時は現在の煮物類をおせちと呼び、祝い肴を喰積(くいつみ)と呼んで重詰めにしていたようである。 江戸幕末の頃、江戸・京都・大坂では正月に蓬莱を飾り、江戸においてはこれを喰積と呼んでいた。

三方の中央に松・竹・梅を置き、まわりに白米を敷き詰めます。その上に橙一つ、柑橘類、搗栗、ほんだわら、串柿、昆布、伊勢海老などを積み、さらに裏白、ゆずり葉などを置いたもので、京都と大阪では床の間に飾り、江戸では年賀の客にすすめたそうだ。

(※注3) お雑煮は 正月の祝いの食物である。一説に、もとは大晦日の夜に歳神(年神)に供えたものを、元日の朝に下ろし、汁で煮、歳神(年神)と人が一緒のものを食べる「直会(なおらい)」といわれている。

雑煮で正月を祝うようになったのは室町時代といわれている。雑煮は、餅が臓腑を保養するところから「保臓(ほうぞう)」といい、本字は烹雑で、烹は煮と同じであるから雑煮になったそうだ。

雑煮は地域によって色々な料理法がある。だしや具ひとつとってみても、実に様々だ。また、雑煮に餅を入れる地域は多くあるが、例えば香川県では、 餅の代用としてカンノメ(カンノメとは粳米八割、糯米二割をひいて小判型の団子にしたもの) と呼ばれるものを入れる。また元旦に餅を食べることを忌む餅なし正月の伝承も各地に残っている。

(※注4) 七草粥の風習は、一月七日の朝に七種の菜(芹=せり・薺=なずな・御形=ごぎょう・はこべら・仏の座=ほとけのざ・菘=すずな・すずしろ の春の七草 )の入った粥を食べる習わしのことをいう。

現在でも全国的に行われている七日正月の行事で、邪気を祓うとされている。また、七草には様々な薬効があるといわれている。

古くは子(ね)の日の遊びともいわれ、平安時代には正月最初の子の日に野に出て若菜をつむ風習があった。『延喜式』に見られる七種粥と、若菜摘みの古俗と、中国の人日(じんじつ)の行事が合わさり、七草粥になったのであろうといわれている。

七草粥の習わしは江戸時代まではかなりに盛んに行われていた様だが、幕末頃の民間では七種のうち1、2種の菜を入れるだけだったとか。 今日でも 七草の種類は地域によって違いがあり、七種に限らない所もある。

スサノヲ(スサノオ)

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◆2012年 古事記編纂1300年記念

「なにごとの おわしますかは 知らねども かたじけなさに なみだこぼるる」

この言葉は、仏僧であった西行法師が伊勢神宮を参拝した際に詠んだとされる歌である。
自然崇拝を起源とする日本の神々は、目には見えない。

しかし八百万の神々は、神話の時代から今日に至るまで、時代とともに変化しながらも、さまざまな思想や宗教と宗教などと習合しながら、常に日本人の心に生き続けてきた。

2012年、現存する中では最古の歴史書「古事記(こじき・ふることぶみ)」が1300年を迎える。この「古事記」という書物には「国土の誕生について」「日本の神々について」「日本の歴史について」、「日本」と「日本人」のこの国のすべてのことが古代の人々の感性で語られている。

また、日本全国の神社で祀られてる「アマテラス」「スサノヲ」「オオクヌシ」などの神々の物語である「天の岩屋戸開き」「八岐大蛇退治」「稲葉の素兎」などがいきいきと描かれているのだ。

古代の人々が心に描いた世界観である「八百万の神々が今も生きる日の本の国の神々のものがたり」を知ることで、今一度「日本」と「日本人」のことを真剣に考えてみよう。いや、エンターテイメントとしても大変に面白い物語だ。この記念すべき年を機会に、ぜひ読んでみよう。

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◆正月祭りのフォークロア、日本の基層(六)

◆正月祭りのフォークロア、日本の基層(六)

床の間に鏡餅を飾るのは、神への供物の意味がある。また、お屠蘇は不老長寿の薬効があるとされる薬草を調合した、屠蘇散を浸した薬酒である。

雑煮には地方によって様々なパターンがありますが、必ず入っているのが餅である。鏡餅もそうですが、新年に迎える歳神(年神)の魂を示すと考えることもある。それは神に供えたお下がりを貰うという気持ちから来ている。

正月の注連飾りに伊勢海老や橙、昆布を飾り立てるのは食物の豊作を祈念してのことである。(※注1・2・3)

※参考Hints&Notes(注釈)☆彡:*::*~☆~*:.,。・°・:*:★,。・°☆・。・゜★・。・。☆.・:*:★,。・°☆

(※注1) 鏡餅とは、神供用の丸くて平たい餅のことで、「お供え」「お鏡」とも呼ばれている。もともと歳神(年神、大晦日に訪れた歳神は、人々に新たな生命力・福をもたらします。この生命力・福を「魂」といい、歳神によって与えられる魂なので「歳魂(としだま)」といいます)に供える餅(歳魂を具現化したものが丸い餅です)のことをいう。 昔から神仏の祭りには餅を供える慣わしが広くみられた。

「鏡餅」という名は、鏡の形に由来する。古く、鏡は神の依るところと考えられ、神事に使われ宗教的な意味合いの濃いものであった。今日でも、神社の祭事には薄い鏡状の丸餅を供える所があるそうだ。

鏡餅を供える場所は、床の間や神棚、仏壇、年棚といった所から、近年では住宅事情により多様化してきている。この鏡餅(神棚に祭った丸餅が始まり)から、歳神の霊力(歳魂)を得て、これを家人一人一人に分け与えて食し、霊力を体に取り込むという考たのだ。これが本来の「お年玉」とされてる。

また、鏡餅の飾り方は、 三方(さんぽう)に奉書紙(四方紅)を垂らして敷き、譲り葉(後の世代まで長く福を譲る)と裏白(長命を表す)を載せ大小二つの鏡餅を重ね、その上に橙(家系が代々繁栄する)の他、串柿(幸福をしっかり取り込む)、昆布(よろこんぶの意味)、四手(御幣)、海老(えびの中でも最も立派なもの、腰が曲がるほど長寿を願う意味)、扇(末広)などを飾ったものが一般には知られているが、飾り方も地域や家によって違いがある。

(※注2)このような形(様式)になったのは室町以降といわれています。建築様式が寝殿づくりから書院づくりへ移り、床の間が設けられる様になり、床飾りとして広まったと考えられます。武家社会では武家餅(具足餅)といって、鎧兜などの具足をしつらい、その前に鏡餅を供えて家の繁栄を願うところも多くあった様です。また供えた餅を下げる日を鏡開きといいます。 一月十一日に行う所が多く「鏡あげ」「オカザリコワシ」とも呼ばれており、餅を叩き割って雑煮や雑炊にして食します(鏡餅は包丁で切ってはならず、手や鎚で割って小さくするのがしきたりです。これは「切る」は縁起が悪いからということで、そのため「開く」ということばを使います)。正月に鏡餅を供えることは一般化されていますが、地域によっては、正月の儀礼食に餅を用いず、芋や麺類を用いている所も少なくありません。

(※注3) お屠蘇とは正月に飲む、屠蘇散を浸した酒または味醂のことをいい、「屠蘇延命散」とも呼ぶ。一年の邪気を祓う祝い酒のことである。

「屠」は退治する(邪気を払い寿命を延ばすといういわれがあり)という意味を、「蘇」は病を起こす厄神の意味があるという。「一人これを飲めば一家病無く、一家これを飲めば一里病無し」などといわれ、正月には一年の無病息災を願った。

山椒、桔梗、肉桂、白朮、防風などを調合して紅絹袋に入れ、酒か味醂に浸す。古くから、「屠蘇祝う」と称して元日にはこれを一家の若い者から順に大中小三種の盃で頂き、無病息災を祈った。

正月に屠蘇を飲むことは、中国の唐代まで遡る。 日本へは平安初期の嵯峨天皇の弘仁年間(八一〇~八二四年)に伝えられ、宮中で用いられました。元日から三日間御薬を天皇に献じ、一献は屠蘇、二献は白散(白朮、桔梗、細辛を調合して温酒で飲む)、三献は度嶂散(麻黄、山椒、白朮、桔梗、細辛、乾薑、防風、肉桂を調合したもの)を入れたもので、「御薬を供ず」という。

また、平安時代の貴族は屠蘇、白散のいずれかを、室町時代では白散を、江戸時代の徳川幕府では屠蘇を用いていたようだ。この風習はやがて庶民にも広まる。

明治末頃は、年末になると薬種屋の店頭には延寿屠蘇散と書かれたビラが下がったそうだ。現在の屠蘇はかつての処方とは異なり、だいぶ飲みやすくなっている。

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「なにごとの おわしますかは 知らねども かたじけなさに なみだこぼるる」

この言葉は、仏僧であった西行法師が伊勢神宮を参拝した際に詠んだとされる歌である。
自然崇拝を起源とする日本の神々は、目には見えない。

しかし八百万の神々は、神話の時代から今日に至るまで、時代とともに変化しながらも、さまざまな思想や宗教と宗教などと習合しながら、常に日本人の心に生き続けてきた。

2012年、現存する中では最古の歴史書「古事記(こじき・ふることぶみ)」が1300年を迎える。この「古事記」という書物には「国土の誕生について」「日本の神々について」「日本の歴史について」、「日本」と「日本人」のこの国のすべてのことが古代の人々の感性で語られている。

また、日本全国の神社で祀られてる「アマテラス」「スサノヲ」「オオクヌシ」などの神々の物語である「天の岩屋戸開き」「八岐大蛇退治」「稲葉の素兎」などがいきいきと描かれているのだ。

古代の人々が心に描いた世界観である「八百万の神々が今も生きる日の本の国の神々のものがたり」を知ることで、今一度「日本」と「日本人」のことを真剣に考えてみよう。いや、エンターテイメントとしても大変に面白い物語だ。この記念すべき年を機会に、ぜひ読んでみよう。

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◆正月祭りのフォークロア、日本の基層(五)

◆正月祭りのフォークロア、日本の基層(五)

正月には新年を迎える、つまり歳神(年神)を迎えるために家々ですることがある。神棚に新しい護符を祀り、歳神(年神)降臨の依り代として門松を立て、家の入り口には聖と俗を分かつ注連縄を張る。

これすべて、神を迎えるために必要な手続きである。新しい護符を祀るのは、新しい年の新たな加護を受けるためである。護符とは、神社の社名や神名、祈祷の文などが書き込まれたお守りのことで、神札ともいう。(※注1・2・3・4)

※参考Hints&Notes(注釈)☆彡:*::*~☆~*:.,。・°・:*:★,。・°☆・。・゜★・。・。☆.・:*:★,。・°☆

(※注1)門松とは、正月に家の門口に立てる松のことである。「松飾り」「門の松」ともいう。 古くから門松は歳神(年神)の依代(一種の神籬)と考えられていた。

門松の形態と材料は地域によって様々で、興味深いものがある。門松の常緑の松は強い生命力の象徴であり、不老長寿の象徴である。

地方によっては松に代わって榊、竹、椿などを用いることもあるそうだが、いずれも常緑という点で「長寿の象徴」ということに代わりはないようである。

門松は年末に飾り、歳神を迎え正月六日(または七日あるいは十五日)にこれを外すことから、この日までを松の内という。また餅同様、正月に松飾りを用いない所もある。 飾り方も幾通りもありますが、年末のうちに飾り付けを済ますのが通例である。

(※注2) 注連飾りとは、正月などに、家屋の入り口、門松、床の間や柱につける飾りのことである。 もとは一本の縄であったものが多様化し、装飾的になり、現在見られる様な形となった。

注連飾りは、「輪飾り」「大根じめ」「牛蒡しめ」など、また注連縄につけるものとしては、裏白(常緑の歯朶:しだで、歯は年齢、 朶は枝の意。葉の裏が白いことから白髪になるまでという長寿の願いが込められている)、橙(代々:代々家が続くという縁起物)、譲り葉(ゆずり葉:その名は新しい葉が出てから古い葉が落ちるとこに由来する。家督を親から子へ譲り、代々続くことを願う気持ちが込められている。親子草とも)が一般的であるが、地域によって様々である。

注連縄は本来、内と外とを分け、災い、不浄なものの進入を防ぐ結界として神社などの聖域に張り巡らされるために用いられてきたものである。

(※注3) お年玉は、「歳神(年神)からの賜物」「歳の魂」という意味がある。鹿児島県・甑島では「トシダマ」という丸い餅を子供に配る風習がある。また出雲地方では歳神(年神)が大晦日に「トシダマ」を配ると伝えられている。

他にも多くの地方で、「みたまの飯」といって、握り飯や少しずつ取り分けたご飯に、一年の月の数か、家族の人数分の箸を立てて、歳神(年神)や仏壇に供える行事が広く行われている(「御魂の飯」といい、祖霊を祀る御魂祭りの名残り)。

その歳神(年神)の依り代として立てるのが門松である(松だけではなく常緑樹を使う場合も多いようだ。松は歳神を待つに通じることや、神土待つ=かどまつ=歳神・年神がこの地に降り立たれるのを待つという意味があるそうです)。

正月には「正月棚」「年棚」と呼ぶ歳神(年神)用の祭壇を設ける。床の間に鏡餅や正月飾りを供えます。床の間とは本来、家にお迎えした歳神(年神)の「神の座」なのである。

(※注4) 年始とは「年賀」「年礼」ともいい、親戚や知人宅などへ新年の挨拶に廻る慣わしのことをいう。元々は、分家が本家に集まり、大晦日から元日にかけて夜を徹して行われた儀式で一族の結束を確認しあう意味があったとされている。

のちに年始の先は血縁だけではなくなって行き、新年に知人やお世話になっている人の家へ年頭の挨拶に出向く形をとるようになった。

現在通例となっている年賀状はこの年始の挨拶が変化したものである。また初夢とは新年最初に見る夢のことである。

古くは立春正月の概念から、初夢は節分の夜から立春の朝にかけて見る夢とされていた。今日では、一般には元日の夜から一月二日の明け方にかけてに見る夢を初夢と呼ぶのが通例となっているようである。

昔の人は今日よりも夢見を気にし、良い夢を見ようと七福神や宝物をのせた宝船の絵を枕の下に敷いて寝る慣わしがあった。

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この言葉は、仏僧であった西行法師が伊勢神宮を参拝した際に詠んだとされる歌である。
自然崇拝を起源とする日本の神々は、目には見えない。

しかし八百万の神々は、神話の時代から今日に至るまで、時代とともに変化しながらも、さまざまな思想や宗教と宗教などと習合しながら、常に日本人の心に生き続けてきた。

2012年、現存する中では最古の歴史書「古事記(こじき・ふることぶみ)」が1300年を迎える。この「古事記」という書物には「国土の誕生について」「日本の神々について」「日本の歴史について」、「日本」と「日本人」のこの国のすべてのことが古代の人々の感性で語られている。

また、日本全国の神社で祀られてる「アマテラス」「スサノヲ」「オオクヌシ」などの神々の物語である「天の岩屋戸開き」「八岐大蛇退治」「稲葉の素兎」などがいきいきと描かれているのだ。

古代の人々が心に描いた世界観である「八百万の神々が今も生きる日の本の国の神々のものがたり」を知ることで、今一度「日本」と「日本人」のことを真剣に考えてみよう。いや、エンターテイメントとしても大変に面白い物語だ。この記念すべき年を機会に、ぜひ読んでみよう。

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◆正月祭りのフォークロア、日本の基層(四)

◆正月祭りのフォークロア、日本の基層(四)

正月というのは、元々は年の初めにあって神の来臨を仰ぎ、その年の五穀豊穣を祈る、地域ぐるみの「祭りの場」であった。人々にとっては実り豊かな一年であるかどうかは死活問題であっただけに、神の来臨を仰ぎ祭る、初詣の祈願は欠かせなかったのである。

しかし今日では、人々は新年の無病息災などを祈願するために参詣するようになる。「♪年の初めの ためしとて 終なき世の めでたさを 松、竹たてて 門ごとに 祝(いお)う今日こそ 楽しけれ ♪初日の光 さしいでて 四方に輝く 今朝の空 君が御影に 比(たぐ)えつつ つぎ見るこそ 尊とけれ」(※注1・2)

※参考Hints&Notes(注釈)☆彡:*::*~☆~*:.,。・°・:*:★,。・°☆・。・゜★・。・。☆.・:*:★,。・°☆

(※注1) 一年のはじまりの日、つまり元日の朝、元旦は「明けましておめでとうございます」という挨拶とともにはじまるが、いったい何がめでたいというのであろうか?

それは、元日とはそもそも正月の満月の夜に、歳神(年神)をお迎えして、旧(昨)年の無事と豊作を感謝し、今年も同様であることを祈る日であったからである。

また、「年の初めのためしとて、終わりなき世のめでたさを・・・」という正月の歌がある。「ためし」は験しで、修験の験、効験の験である。「めでたさ」の「めでたい」は古語では「愛でたし」で、何かを称えたい、何か特別なことを褒めたいという格別の気分を表している。この正月の歌では「世(現在の世)」がめでたいと歌い上げる。それがいつのまにか正月挨拶の「お目出とう」になったという。つまり目が出るわけではなく、芽が出るのである。

中国ではめでたさのことを「福」といって、一陽来福を祝う。もともとは冬至の祝福であったものが、やがて春節(旧暦正月)を迎える行事に吸収されて行く。いずれにしても「めでたさ」は季節の節目に際し、宇宙や世界の秩序が更新され、自然の年齢も更新された新年の「世(現在の世)」を祝福する言葉であったのである。

本来旧暦の正月十五日がこの日にあたり、明治六年まで使われていた太陰太陽暦(天保暦)の名残りである。この暦制が太陽暦(グレゴリオ暦)に取って代わっても、この日に行なわれていた行事やしきたりは「小正月」として伝承され、左義長、どんど焼き、なまはげなどのさまざまな行事が今でも各地で催されている。

(※注2) 正月とは一年の一番初めの月のことをいうが、一般には年初の諸行事のことを指す。一月を正月と呼ぶのは「正」が年の初め、年の改まる意味であることに由来する。

また稲が実って一巡する期間をを「年」という(「稔(とし)」が豊穣を祈願する意味に通じることからです)。古くは正月は「ウラバンナ(盂蘭盆)」と対応するもので、半年ごとに祖霊を祀る大きな年中行事とされていた。

正月に迎える歳神(年神)は大きく分けて二つの性格を合わせ持っている。一つは豊作をもたらすの「田の神」の性格、もう一つは各家の「祖先の霊、祖霊」的性格である。

また正月の行事は地域によって違いがあり、元旦を中心とした「大正月」と、一月十四日・十五日を中心とした「小正月」に集中している。旧暦では正月(旧正月)を立春の頃としていたので、その始めを新月の朔日である大正月と満月の望の日の小正月とする二通りがあった訳である。

大正月には歳神(年神)や祖霊を迎える性格の行事が多く、小正月には五穀豊穣を願う農耕の予祝的行事が多く見られる。農業を営む人々にとって、太陽の運行と同時に月の満ち欠けも大切なもので、古くより予祝儀礼を年初の満月の日に行うことがなされていた。

新暦(太陽暦)採用後は満月と小正月の十四日・十五日が一致しなくなった為に、農家では小正月の意味がだんだんと薄れていってしまったようだ。現在一般に正月といえば大正月のことを指しますが、小正月を祝う風習が今でも盛んに行われている。

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